2005年09月08日
「アートの魔術商品変える」 2005.09.08 日本経済新聞夕刊掲載
2005/09/08, 日本経済新聞 夕刊, 19ページ, 有, 1581文字
アートとビジネスの現場を縁結びする、美術界の「仲人」たちが活躍している。メーカーに作家を紹介して商品開発を後押ししたり、企業向けに作家がアピールする場を設けたり。家具、家電、日用品など身近な場所に成果は広がっている
作家と結ぶ「仲人」活躍
東京・青山のスパイラルホール。テーブルを囲んだ三人の男女が木のコマに香料を塗りつけては、鼻をひくひくさせている。香りをテーマにした作品で知られる美術家井上尚子氏と、静岡市で家具の部材を作る会社、諸星正恵の役員らだ。
「この組み合わせはどうかな」「わ、コマを回すと香りが飛ぶよ」。ミルクやオレンジの香りが漂う中、意見が飛び交う。三人は現在「香りの足し算を楽しむ」新しいおもちゃを開発中だ。
仲を取り持ったのが、芸術イベントをプロデュースする東京のワコールアートセンターだ。「静岡発!ランデヴー プロジェクト」と名づけ、昨年から静岡の地場産業を担う中小企業と作家が出会う場を設けてきた。
「一種のお見合い」とチーフプランナーの松田朋春氏は言う。十数社の代表と作家を集めて総当たりの面談を実施。誕生したカップルは半年間でもの作りに取り組む。
昨年は衣装作家ひびのこづえ氏とげたの工房による木のサンダルのほか、前進する木馬、ギフト用の安倍川餅(もち)などが製品化された。今年も井上・諸星正恵組のほか、老舗人形店や健康機器メーカーなどと作家の六組の縁談がまとまった。
初めにラブコールを送ったのは静岡側。地元企業のまとめ役で、マーケティング会社経営の富山達章氏は「今までの古い考えでは地場産業に活路はない。作家の新しい発想がほしい」と語る。安い中国製品に押され、若い消費者もつかめずに悩む経営者を見てきた。「販路、宣伝のチャンネルも開拓していきたい」と富山氏は期待する。
よりオープンな形で出会いの場を提供する動きもある。文化庁メディア芸術祭の企画などを手がけたアートプロデューサー岡田智博氏は、メーカーの開発担当者に向けて作家がアピールするイベント「アートデモ」を開いてきた。
「常識にとらわれない作家の発想は生活を面白くするし、企業から仕事を請け負えば、作家の自立支援にもつながる」と岡田氏は言う。
三月に横浜のBankARTで開いた「エヴォリューション・カフェ」展では、座ると色が変わるソファ、話し相手との親密度を判断して伸縮する照明といった風変わりな品々を提案。十月二十八日から同会場で始まる「BankART Life―24時間のホスピタリティー」展にも、英国人作家、クリスピン・ジョーンズらの作る家電や家具を出す予定だ。
【図・写真】「エヴォリューション・カフェ」展に出品された色が変わるソファ。2人組作家「ふわぴか」作
ミュージシャンや俳優のマネジメント、映画製作などを手がけるアミューズも、二〇〇二年から新人作家の発掘とビジネスの創出を目的とした事業「AMUSE ARTJAM」を始めた。公募で予選を通過した作品を京都文化博物館に二日間展示。企業の商品開発担当者らに審査してもらい、グランプリを勝ち取った作家には、アパレルや出版の仕事を紹介する。
第一回の受賞者で日本画家の福井江太郎氏とは専属マネジメント契約を結んだ。FM東京の番組パーソナリティーの仕事をあっせんし、十月にはニューヨークでの個展も開く。「マネジメントのノウハウを生かして、高いと思われがちな芸術の敷居を低くできれば」とアミューズの執行役員、越中敏之氏は話す。
美術をより親しみやすく、身近な存在に。仲人たちの仕事は、そんな社会の雰囲気作りにも一役買っているようだ。